本当に必要な介護リフォームは介護する人の為に行うものであってもいいはずです!

おはようございます。
本日は久しぶりに介護について書いてみたいと思います。

先日、病院に母を迎えに行った時の事。
お会計が終わり、お薬をもらうために列に並びました、母と一緒に。

順番が来て
なぜか薬剤師さんが、めちゃくちゃ丁寧に私に向かって説明をするのです。

母はまだ67歳。説明が分からないほどの高齢ではありません。
説明がひと段落したので母に
「わかった?」と聞いた瞬間、薬剤師さんの顔に「しまった!!」との表情。

どうやら・・・私を病人だと思ったようです・・・。
ええ、確かに恐ろしく疲れているので顔は疲れた表情だったのかもしれませんが
病人と間違われるほどか・・・と結構ショックを受けました。

でも、仕事をフルでして
家で家事と息子の面倒を見て
休日は実家の面倒と母の介護をしていたら休む時間など存在しません。

朝起きてから夜寝るまで自分の時間は運転中くらいなものですから。



病院には、もちろん病気の方が多く来ています。
不思議なもので、自分が病気で来ていると、他の病気の方がなんとなく気になります。

しかし付き添いで来ていると、今度は付き添いの方が気になります。
疲労が抜けず、重い体を引きずっていても、顔にできるだけそれを出さないようにしている自分。

病気の人にへんな心配をかけないように無理してでも元気な顔をする自分。
同じような顔の人があっちにも、こっちにも。

不思議です。

今まではそんな事を気にしたこともないのに
顔の奥に溜まっている疲れを、いつの間にか感じれるようになりました。

笑っているのに笑えていない顔。
できれば座りたそうな仕草。
真顔で車いすを押している人。

小さな子を抱くお母さんには絶対見られない、独特の疲れている表情や仕草。

自分が体験するとこんなに敏感に感じ取れることができるようになるのか・・・と
正直驚いています。

設計の仕事は日常のすべてが経験として生きてきます。

介護リフォームはもちろん介護を必要としている人の為です。
でも、その前に、介護が始まる前に介護する人を守るためのリフォームも介護リフォームなのではないかと思います。

介護が必要な人
病気をしている人になかなか弱音は吐けません。

「ありがとう」
「お疲れ様」で体が楽になるのは介護初期と本当の末期だと思います。

それを過ぎたら言葉は何も助けにはならなくなります。
「それを言う暇があったら、何かやって!」と思うくらいに疲労感がのしかかっているからです。

助けには体力を蓄えるための休息と時間が必要です。
言葉はいりません。変わってくれる手が欲しいと心底思うからです。

介護がこれから待ち受けている人。
きっと沢山いらっしゃいますね。
その時は私のように突然、やってきます。

介護の準備は、本を読むことではありません。
知識などはプロがその時が来たら教えてくれます。

いつ介護が始まってもいいように
自分が日頃やっていることを最大限効率化を図り
自分の自由になる時間を可能な限り作っておくことです。

その自由な時間が、ある日、全部介護に回す事になります。
効率化されていなかった家事は自分の体力をどんどん削ります。
思うように休めない体がさらにその効率を悪化させていきます。

私達リフォーム業者ができる事は、この効率化をリフォームで支援する事です。

介護の苦しさは体験しないと分からなかったです。
プチ介護でも今、体験できて良かったと思っています。
この経験が、きっと皆様のお役に立てる日が来ると思います。

いざ介護が始まって
旦那様やご兄弟の協力が難しそうな方
早めに自分の為にお考えになられても損にはないと
たかがプチ介護しかしていない私が心から思う事です。

その時が突然来て困る前に、少し自分の毎日に目を向けてもらえるきっかけとなると
良いと思って今日は書かせてもらいました。

いつものニャンコとはことなるブログですが
これも私が担っている一面です。

同じ境遇の方、たまには休みたいですね・・・ゆっくり寝たいですね。
一日自分の為の休日があったら・・・最高ですね。
とりあえず、今日一日乗り切りましょう、お互いに。